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ソーシャルの面白さが一切分からない人→

462 :椿丸 ◆14J3H3f/.A :04/12/13 15:41:24 ID:3kos4ev2
 SNSが窮屈に感じる原因を自分なりに考察してみた。仮説1。
SNS上では現実の交友関係をそのまま移築しただけなのに、
その「現実」の延長上のSNSで自分を偽ることを強いられるからではないだろか。


 俺はMIXIを使っているのだけど、日記機能は日記であるにもかかわらず本音など書けやしない。
例えば、人間の意思の根幹に関わる部分、宗教や政治思想なんかについては
絶対に批判めいたことを書けない。「キリスト教はあまり好きじゃない」といえばキリスト教徒の、
「亭主関白はくそくらえ」「デブはキモイ」などと書き込もうものならその類の友人を全部失うだろう。
友人がクリスチャンでなければいいかといえば、全然そんなことはない。
SNSが人間関係をそのまま辿れるだけに発言は
「友人の友人」、「友人の友人の友人」レベルにまで責任を負う以上、
常に「誰か」の存在に注意を強いられてしまう。
大学生という無責任な立場である俺ですらこうなのだから、仕事でも使おうとする人ならなおさらだろう。

 こういった相互監視を、まるで電子時代に蘇った「五人組制度」のように感じてしまうのは俺だけだろうか。

 結果として常に人目を気にした当たり障りのない、主義主張もない、ありきたりな事しか書けなくなってしまう。
これがSNSで感じる「窮屈さ」の一因ではないだろうか。


 これはコミュニティ機能でも同様だ。
現実世界には聖人君子などいない。だから、誰もが人には言えない嗜好を一つ二つ
持っているはずだ。「鼻毛を抜くのが好き」「グロテスクな画像に興味がある」など。
 一般的なWEB上のコミュにティではある程度匿名性を保ったまま参加できるが、
SNSという個人が特定されまくった状態ではそうも行かない。
「鼻毛を抜くのが好き」なんてコミュには女性は参加しにくいだろうし、
仕事をしている人なら「公金を盗む妄想をします」なんて100%ダメだろう。
だから、金太郎飴のようなどこをとっても大差のないコミュだけが繁殖する。


 マイミクでも同じこと。
交友関係をあれほど判りやすく視覚化する以上、自分の友人の質にも気をつけなければならない。
「人数が少ない奴/同性しかいない奴は人付き合いがヘタ」だからマイミクは多いほうがいいし、
自分を良く見せるため、「高学歴、高収入、おしゃれな職業の男」「かわいらしい顔の女」を加えなきゃ!

 社会的立場のある人間ならフリーターをマイミクには加えにくいだろうし、
現実に友人であっても精神的疾患をもった人をマイミクにするには慎重でなければならない。
俺は友達を増やしたいだけなのに、なんでこんなにメンドクセエんだクソッタレ!!

 こうした「選別」の結果、SNSという社会に薄められた同じような人ばかりが並ぶことになる。

 現実の人間関係は立体的で凹凸があり、ところどころ不仲という欠陥や
三角関係という図式化不可能な係わり合いが存在する。
ところがSNSでは、人間関係がまるで2Dのモニターに表示されるトップページのように
「わかりやす」く、「便利」で、「平面的」な、悪く言うならば「精彩を欠いたのっぺりしたもの」
にしてしまっており、またお互いがその図式の中にお互いを押し込めあっているようなところが
利用者に窮屈さを感じさせてしまっているのではないだろうか。

 俺は別にSNSを全否定したいわけじゃない。もちろんこれまでになかった画期的なメリットも多い。
しかし上記のような感想を受けたことも事実だというだけ。
もし希望があれば、仮説2、3も書いてみます。

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